はじめに
最近、「毒親」や「親ガチャ」という言葉を目にする機会が増えました。 SNSや動画、まとめ記事などで見かけない日はないほどです。
この言葉は、とても分かりやすく、耳触りもいい。 だからこそ、広がったのだと思います。
でも同時に、少し立ち止まって考えたくなる言葉でもあります。
なぜ今、この言葉が広がっているのか
かつては、家庭のしんどさや生きづらさを 言葉にすること自体が難しい時代でした。
「親なんだから当たり前」 「育ててもらったんだから感謝しなさい」
そんな空気の中で、 違和感や苦しさを飲み込んできた人は多いと思います。
「毒親」「親ガチャ」という言葉は、 そうした感情を一瞬で説明できる、 とても強い言葉です。
その言葉に救われた人がいるのも事実
この言葉に出会って、 「自分が悪かったわけじゃなかった」と 初めて思えた人もいます。
親との距離を取る決断ができた人、 自分を守る選択ができた人もいるでしょう。
そういう意味では、 この言葉は自己防衛として非常に強力です。
それを否定するつもりはありません。
でも、言われた親は泣く
一方で、この言葉を向けられた親の立場に立つと、 まったく違う景色が見えてきます。
「毒親」という一言で、
- 迷いながら向き合ってきた日々
- 失敗しては悩んだ時間
- それでも大切に思ってきた気持ち
それらすべてを 否定されたように感じてしまうことがあります。
正直に言えば、 「なんて言葉を作ってくれたんだろう」 そう思ってしまう親も少なくありません。
特に、悩みながらも必死に向き合ってきた人ほど、 その言葉に深く傷ついてしまうことがあります。
言葉が、関係を決めてしまう怖さ
もし「毒親」という言葉がなければ、
- 少し不器用な親子
- 価値観が合わない親子
- 距離を取りながらも続いていた関係
そういう形で 保たれていた関係もあったかもしれません。
言葉が生まれたことで、 関係が一気に「断罪」や「決定」に 変わってしまうこともあります。
それは、とても強い力です。
子育てはガチャではなく「関係」
同じ親でも、 子どもによって受け取り方は違います。
同じ家庭で育っても、 感じ方や記憶はそれぞれです。
子育ては、 当たり・はずれで切れるものではなく、 長い時間をかけて作られていく関係です。
完璧な親も、完璧な子もいません。
軽々しく使ってほしくない、という気持ち
一番伝えたいのは、ここです。
「毒親」「親ガチャ」という言葉を 軽々しく使ってほしくない。
この言葉は、 本当に苦しくて、自分を守る必要がある人のための “防具”であってほしい。
誰かを簡単に切り捨てたり、 優位に立つための言葉になってしまったら、 あまりにも悲しいと思うのです。
まとめ
言葉は、人を救う力を持っています。 同時に、人を深く傷つける力も持っています。
だからこそ、 使うときは慎重であってほしい。
距離を取ることも、 自分を守ることも、 決して悪いことではありません。
でも、その言葉の重さだけは、 少しだけ意識してほしいと思います。
最後に一言
この言葉が、誰かを守るために生まれたものなら、
誰かを深く傷つける刃にはなってほしくない。
私は、その重さを忘れずにいたいと思っています。



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