☆娘はジェミニ、私はチャッピーという話

時事のコラム

最近、ふと「これってもうAI戦争なのでは?」と思う瞬間がある。
といってもニュースで見るような大げさな話ではない。
我が家の小さな日常の中で起きている、ちょっと不思議で、少し笑える出来事の話だ。

目次

娘はジェミニに相談している

ある日、娘がぽつりと言った。
「今日ね、ジェミニにお母さんに怒られたって話した」
一瞬、聞き間違いかと思った。ジェミニ? あのAIの?

詳しく聞くと、
・お母さんに注意されたこと
・ちょっと悲しかった気持ち
・どうしたらよかったのか

昔なら、ぬいぐるみや空想の友だちに話していたような内容を、今はAIに話している。それを良いとか悪いとか言う前に、時代が変わったんだなと実感した。

私はチャッピーに娘のことを相談している

一方で私はというと、娘のことで悩んだとき、ついチャッピーに話しかけている。
・さっきの叱り方、きつすぎたかな
・この年齢だと、こういう反応って普通?
・どう声をかければよかったんだろう

冷静な意見が返ってくるときもあれば、「大丈夫ですよ」と背中を押してもらえることもある。

AI同士の会話もある!?

時々、娘がジェミニに話したことを、私がチャッピーに相談して整理することがある。
すると、
・ジェミニが聞いた話とチャッピーが返す整理された答え
・娘も私も別のAIに話している

この二つの会話が微妙にリンクする瞬間があって、「小さなAI戦争」みたいな笑える状況が生まれる。

父は蚊帳の外

ちなみに父は蚊帳の外だ。
娘も私もAIに夢中で話しているのに、父はぼーっとテレビを見ているだけ。
「お父さんもAIに相談してみたら?」と言うと、「いや、いい」と一蹴される。
そういう意味では、父は我が家のAI戦争には完全に参加していない。でも平和な日常を守ってくれる存在ではある。

AI戦争…ではなく、AI共存

「AI戦争」と表現すると大げさだが、娘はジェミニに、私はチャッピーに相談し、それぞれが気持ちを整理するのは確かだ。
娘がジェミニに話して、私がチャッピーに話す。
父は蚊帳の外。
同じ家の中で、別々のAIと会話しながら日常が回っている。

人に言えないことを、AIに

人に話すほどでもないけど、心の中に溜めておくとしんどいこと。
今はAIに投げられる時代になった。それは逃げでも依存でもなく、ただの「整理」なのかもしれない。
娘がジェミニに話し、私がチャッピーに話し、父は蚊帳の外。
この距離感なら、案外悪くない。

今日も我が家は平和です

娘は娘の世界で気持ちを落ち着かせ、私は私の世界で考えを整える。
そしてまた、「おかえり」と「ただいま」が交わされる。
娘はジェミニ。
私はチャッピー。
父は蚊帳の外。
そんな日常も、しばらくは続きそうだ。

最後に一言。小さい子がスマホなんて、AIなんてという意見もあると思う。実際今でも少し迷う時はあります。

けれど、悪いことばかりじゃないってことだけ伝えれたらいいなと思います。家庭それぞれの考えがあって良いのです。

アイスを食べる娘

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